地獄谷野猿公苑のニホンザル

ニホンザルの先祖は氷河期時代に朝鮮半島経由で大陸から日本に渡ってきたと考えられています。
氷河期の終わりによって大陸と日本が海で隔たれ、残ったサルたちの子孫がニホンザルといわれています。
ニホンザルは日本の固有種で、日本に生息するサルはニホンザル1種だけです。屋久島に生息するヤクシマザルはニホンザルの亜種とされます。(この為、ヤクシマザルに対してホンドザルと呼ばれることもあります。)

ニホンザルは30万年〜50万年前には日本に渡来していたのではないかと考えられ、長い歴史の中で日本の気候・自然に適応し、生活してきました。

地獄谷のサルたちは、温泉に入る姿が印象的でユニークです。これは、冬に-10℃を下回るような地獄谷の環境の中で、寒さをしのぐための行動です。夏や温暖な時期には温泉に入りません。
(夏は、コザルたちが水遊びとして温泉を利用する時はあります)

公苑のサルのメンバー全てが温泉に入る訳ではなく、濡れる事をいやがるサルもいます。
大人のオスは濡れる事を嫌がる傾向がより強いようで、温泉に入る大人のオスはわずかです。
温泉に入るのは、地獄谷で見られるサルたちの生活のほんの一部でしかなく、常に温泉に入っているわけではありません。
冬の季節でも、日当たりがよい日は日向ぼっこを優先するサルたちも多いのです。

分布と生息地

太古の昔に日本にやってきたニホンザルの先祖たちは、日本に広く分布していきました。
北海道や沖縄などの一部地域を除き、日本の多くの地域で生息しています。
主に山岳地帯や森林に生息し、広範囲に渡って生活しています。
ニホンザルは、ヒトを除く霊長類の中で、最も北の地で生活するサルであり、青森の下北半島がサルの北限です。

サルという動物の多くは、本来熱帯や亜熱帯地域といった温かい地域で生息しています。
雪が降るような地域で生活するサルは珍しく、ニホンザルは「スノーモンキー」といわれます。
−10℃を下回る寒さであり、日本有数の豪雪地帯である長野県の地獄谷の地で、周囲が真っ白になる深い雪の中、寒さに耐えながら温泉に入る…といった、「スノーモンキー」という名前にピッタリな姿に、現在ではスノーモンキーといえば地獄谷野猿公苑のサルというイメージが定着しています。

社会構造

ニホンザルは、特定の配偶関係(夫婦)はありません。

秋の交尾期にはオスもメスも複数の相手と交尾を繰り返します。
メスは子供を産んだという事実があるので母子の関係はハッキリしていますが、オスには自分の子はわかりません。
(子も自分の父親はわかりませんし、母親も子の父はわかりません)

メスは基本的に生まれたグループ(群れ)で一生を過ごしますが、オスは性的に成熟する5歳くらいになると群れを離れていくようになります(5歳以降も群れに残るオスはいます)

*オスはその後単独で行動するようになりますが、やがて他の群れに加わります。しばらくすると、その群れからも離れて別の群れへ参加し、また離れて別の群れへ…とオスは生涯で色々な群れを渡り歩くようです。
同じ群れの中にいることによって血が濃くなることを避けるためと考えられています。

サルたちには、家系的に順位の上下があり、母親が子を守ることによって社会的順位がその子に影響されるようになります。

厳しい社会のように捉えられる事もありますが、順位がある事によって下位のものは上位のものに遠慮する、それによってケンカが激化したり無用な争いを避けたり出来ていると考えられています。
強いものが力によって支配するというものではありません。
上位のサルも下位のサルも頼り・頼られて助け合っている社会なのです。

*良い食べ物が上位サルと下位サルの間にあれば、上位サルの方が優位なことはいえるのですが、野生状態では食べ物は分散して分布しているので上位のサルが食べ物を独占する事は難しく、下位のサルたちにも食べ物を得るチャンスは十分あります。

*オスとメスの交尾も同様で、上位のサルがいる前では下位のサルはメスと交尾することが難しくなりますが、上位のオスが見ていないところであれば下位のオスにもチャンスはあり、上位のオスが群れのメスを独占することは出来ません。メスも上位のオスとのみ交尾したい訳ではないので下位のオスを選んで交尾をする事もあります。

サルたちの順位で1位のものを一般的には「ボスザル」と呼びます。ただし、人間社会のボスのように圧倒的な権力を持っている・偉い…というボスとは違います。
ボスザルという言い方が、様々な誤解を招くため、最近では1位オス、αオス(こちらも1番オスという意)と呼ばれるようになっています。

オスは、いずれ群れから離れていくので、1位オスという存在が群れからいなくなれば2位だったオスが1位に繰りあがるという流れで群れの順位が変化していきます。
一般的に想像されるボス争いというような壮絶な権力争いは地獄谷では見かけることがありません。
1位オスは特別な存在ではなく、群れの中の一員に過ぎないのです。

季節ごとの行動

ニホンザルは、日中に行動し、夜間は寝るという昼行性の動物です。
一定の行動範囲の中を巡り続けて生活をしています。行動範囲は半径数kmですが、シーズンによって異なります。

春〜初夏や秋のシーズンは、サルたちが好む食べ物が山で豊富なシーズンなので、食べ物を求めて行動範囲は広がります。

夜が明ける頃から活動を始め、行動範囲の森林を巡り、食べ物を探して食べたり、休息したりを繰り返します。
日が暮れる頃、その日の泊り場が決まると眠りにつきます。そして、夜があけると移動と採食を繰り返します。このような生活を遊動生活と言います。

春〜初夏は、山では木々が芽吹き・新芽を求めて移動範囲をやや広めます。サルたちの出産期でもあり、可愛らしい姿を観察することができます。

夏は、葉が硬くなりサルたちの好む食べ頃を終えてしまうので、行動範囲は狭くなります。新緑の風景の中でのんびりと過ごす姿や、春に産まれた赤ちゃんの成長の様子を観察することができます。

秋は、実りのシーズン。木の実を中心として山々にサルたちが好む食べ物が広がり、山の中を活発に行動します。恋の季節・発情期も重なるので、食べ物と恋に夢中になってしまうシーズンなので、サルたちが公苑にいない可能性が高まります。 冬は、食べ物が乏しくなり、雪深い山の中では移動が困難な為、行動範囲が狭くなります。多くの雪が降る中で温泉に入る姿はとても印象的です。

食 性

ニホンザルは、植物食が中心。8割くらいが植物食であり、2割ほどが昆虫食です。

【補足】地域等によっては、魚や小動物を捕食する例も見られますが、稀なケースといえます。少なくとも地獄谷のサルたちには見られない行動です。

知能とコミュニケーション

サルたちが様々な情報を得る方法として最も重要なものは視覚によるものです。
サル同士がお互いの意思表示を図る場合も視覚によるところが大きいのです。

言葉と呼ぶほどのものではありませんが、いくつかの代表的な鳴き方・鳴き声があります。
危険察知の警戒を呼びかける鳴き声、威嚇の鳴き声、悲鳴の鳴き声、存在を示す鳴き声…などです。
これらの鳴き声を発することで、注意を向けさせて、最終的には視覚で認識します。

群れを形成して生活するサルたちにとって、お互いの意思を理解するのは非常に重要なことです。

サルたちはお互いに態度や雰囲気を常に意識をしています。
ヒト社会でいうところの「空気を読む」という事に、サルたちは長けています。

温泉に入る理由

サルたちにとって、温泉は温まるための手段の一つに過ぎず、冬のシーズンであっても晴れている日は日向ぼっこをして過ごします。濡れことを嫌がり、温泉に入らないサルもいます。
温泉に入るサルは群れの一部のサルたちであり、家族間で抱き合って寒さを凌ぐサルたちも多くいます。

温泉に入るサルも、エサを食べ事や、仲間とのコミュニケーションの方が大切です。
サルたちにとって温泉は「なくてなならない重要なもの」ではありません。

人間がお風呂を利用するように身体を清潔にするという目的もありません。ただ、厳しい寒さの中で、湯に浸かって身体が温まると、気持ちいいと感じるのは人間と同様です。